国策としての原子力

原発バブルの崩壊 2011.05.12
 ■ 北野一:JPモルガン証券日本株ストラテジスト

 私には、原子力発電の費用効果分析を「科学的」に行う知識がありません。した がって、この問題に答える資格はありませんが、「直感的」には、「原発バブル」が 崩壊したのだと思います。

 ちょうど、1990年代に、日本の資産バブルが崩壊したのと同じイメージです。 バブルとは、簡単に言うと、リスク評価を誤っていた、過小評価していたということ ですから、今後は、費用の増嵩が避けがたいでしょう。1990年代に資本コストが 上昇したように、原発にかかわるコストも急上昇することでしょう。その意味では、 ご質問にある経済合理性とリスクは、表裏の関係にあるといえます。リスク評価の見 直しを余儀なくされることから、その経済合理性にも疑問符がつくということです。

 原発バブルが崩壊したと思うのは、例えば、次のようなバブル特有の共通項を見出 せるからです。ある事業を推進する主体と抑制する主体のバランスが崩れている。1980年代の銀行では、営業推進部門のなかに、審査部門が取り込まれておりました。 ITバブル後に消滅した米国の監査法人でも、同じように、審査部門がコンサルティ ング部門の風下に立たされておりました。今回も、同様に、本来、リスクを管理すべ き保安院が、原発推進部門に事実上包含される組織になっておりました。私にとっては、後講釈ですが、リスク管理部門が、その機能を発揮できない状態では、リスクが過小評価されるのは、当然でしょう。

 もう一つ、バブル時には、リスクを正しく指摘した人が、主流派から疎まれ、村八分にあってしまいます。今回、石橋克彦氏は、地震に伴う原発の危機をずいぶん前から指摘しておられましたが、確か、国会でも指摘しておられたと思いますが、原子力の専門家の間では、彼の論文は、原子力学会でまともに取り上げられたことはない云 々と非常に低い評価になっておりました。また、いったん事故が発生し、原発反対派 が注目され始めると、彼らに対する誹謗中傷も増えてきました。これは、個々の事例を挙げるまでもなく、「裸の王様」を思い出せば良いでしょう。誰も王様に裸といえないし、きれいな服を着ていると信じ込むと、おそらくは、裸に見えていないのです。

 原発に関しては、私自身、何も見えておりませんでした。例えば、大前研一氏の 『お金の流れが変わった』(PHP新書)を震災前に読んだとき、私は、「首都圏に 原発を」という部分を何の問題意識を持たずに、読みすごしておりました。世界でも 有数の地震地帯にある柏崎刈羽で、直下型地震が発生した際に、原発は安全に停止し た。これで、日本の原発の安全性を確認できた。世界のどこにでも輸出できるし、首 都圏に持ってきても大丈夫という話でした。震災後、この部分を読み直しました。そ の際には、世界有数の地震地帯の上に原発を作ることがそもそも問題だろうと思いま した。日本は狭い国だから土地は足りない、したがって地価が下がることはない、そ の資金力で世界の土地を買おうというのと似たような理屈だったのではないかと思い ました。

 このように、私、個人に関しては、原発のリスクに対して、無頓着であったことは 確かです。したがって、今後の損害補償に対して、一国民としてある程度の責任を負 わねばならないだろうと思います。原発震災の損害賠償については、まず、その金額 が未確定であること、それもあって、東電と政府(国民)の負担のあり方も曖昧なま まです。仮に、国民にも負担が及ぶとしましょう。その場合、問われるのは、国民の 罪です。われわれは、何故に、賠償責任を問われるのか。私なりの答えは、原発バブ ルの生成を、結果として抑制できなかったことにあると思います。負担のあり方が、 増税になるのか、それとも電気料金の値上げになるのかはわかりませんが、これは当 時、金融機関に投入された公的資金、あるいは1990年代から続く、ゼロ金利に相当するものでしょう。

 ただ、1980年代の資産バブルと、今回の原発バブルでは、バブルの規模がずいぶん違うとは思います。やはり、数千兆円の富が消失した前者の方が巨大であったと思います。  
                

JPモルガン証券日本株ストラテジスト:北野一
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― posted by 大岩稔幸 at 09:55 pm

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