報捨

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夏目漱石の松山時代の句に「卯の花や盆に奉捨(ほうしゃ)をのせて出る」がある。その年上京した俳句の先生、正岡子規に送って批評を請うた。

「奉捨」は一般には「報謝」。仏への感謝から転じて、巡礼や寺社詣での人へのお布施を言う。当時、四国にいた漱石は、お遍路さんへの報謝を子どもが盆に載せて出す、そんな初夏の光景を詠んだのかもしれない。

人騒がせな「報謝」の文(ふみ)が列島を縦断した。北海道から沖縄まで、全国各地の役所のトイレなどで、十枚前後の一万円札とともに手紙が見つかった。「修業の糧として役立ててください」と達筆の文面。封筒の表には「報謝」の二文字。「仏教系の宗教に関係のある人か」「ただの愉快犯では」などと、推理がにぎやかだ。

しかし、不思議なことに、「報謝の一万円札」は四国内では一枚も見つかっていない。ここに着目し、八十八カ所を回った後、お札ばらまきの旅に出たという見方もあるという。「誰が、何のために」はミステリーの定番だが、この手の話には深入りしない方が賢明だろう。

二年前、日本中の道路のガードレールで、鋭利な三角形の金属片が突き出ているのが見つかった。「誰の仕業だ」とみんな色めき立った。が、結局、車の接触で車体の一部がくっついたのだと、実験までして分かった。

冒頭の漱石の俳句には、報謝をめぐるほのぼのとした味があり、子規は採点で二重丸をつけた。だが、陰で誰かがほくそ笑んでいるような悪趣味な報謝には、たぶん点をくれまい。

― posted by 大岩稔幸 at 08:48 pm

男の股間

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男性の股間は古代ヨーロッパにおいては必ずしも厭うべきもの、おしかくすべきものではなかった。古代ギリシア彫刻がいい証拠である。これを厭うべきもの、おしかくすべきものとしたのは、ユダヤから古代世界一円に広がったユダヤ・キリスト教である。かくして、ギリシア彫刻の股間は「石もて」破壊され、失楽園ゆかりの無花果が酷刑のあとを覆うこととなる。中世という時代は、男性の股間にとってもまた、晴黒時代だったのである。

さて、男性の股袋だが、その発生はイタリアの中世から近世への脱皮期の、いわゆる文芸復興と関係があるのではなかろうか。股袋の役目はもちろん、その中身の偉大さを誇示するにある。ルネッサンス(文芸復興)の復興とは古代復興の謂いである。古代ギリシア・ラテンの文学芸術とともに、男性の股間もまた復活したのではないか。ミケランジェロの有名なダヴィデ像は、その何より雄弁な証拠であろう。

彫刻の股間にあるべき果実がみのると同時に、生ける男性たちの股間に股袋なる果実がみのってきたのでほあるまいか。しかし、中世という時代が世界じゆう、いたるところで男性の股間を弾圧していたわけでほない。たとえば、ヨーロッパ・キリスト教世界と敵対していた中近東回教世界である。ここには、ギリシア・ラテン以来の学問芸術が生きているとともに、男性の股間に正当な評価を認める古き佳き伝統も生きていた。

アラビアン・ナイト『千夜一夜物語』の第21夜に処女シャーラザードが語る「大臣ヌーレディーヌとその兄大臣シャムディーヌとハッサン・バドレディーヌの物語」には魔女によってダマスコの城門の外に眠ったまま連れてこられた青年ハッサンを、朝、城門が開いて外に出た市人たちが見つけてとり囲む条がある。「ところで一同がかうして話しあつてゐると、朝の微風が吹いて来て美しいハッサンをなぶり、その肌着をもちあげました。すると、すべてが水晶のやうな、腹や臍や腿や脚や、又陰茎と非常に形のよい陰嚢が現はれるのが見えました」というのが、そこの描写である。この健康無比な態度はどうだろう。ここでは、訳語にある「陰茎」「陰嚢」の「陰」の字までがふさわしくなく思われるほどだ。

いったい、「陰茎」、「陰嚢」という陰惨な訳語はどういう頭によって案出されたのだろうか。だいいち、陰部という用語は女性のその部分にはふさわしくても、男性には似合わないというのが、私の持論である。陰は陰陽の陰であり、あくまでも女性的原理を表わすものだからである。

陰・陽にカクレル・アラワレルという対応した訳があるとおり、生理的な形状もまた、女性のそれは肉体の内部に陰れ、男性のそれは外部に陽われている。男性のばあい、それをいうならむしろ、陽部といい、陽茎、陽嚢とすべきではあるまいか。そうでなければ、古来、易にいう「陰陽合体」は「陰陰合体」となるほかなく、これでは万物も生じょうがないではないか。
                        
陰の字を使うようになったのは、儒仏思想による性を隠すべきものとする考えかたの影響に相違あるまいが、褌でかくそうとブリーフでかくそうと、中身の陽はあくまでも陽でありつづける。ドイツの詩人ライナー・マリア・リルケがいうように、男性の股間はあくまでも「生殖の光りかがやく中心部」なのである。だからこそ、わが国のポーノグラフィーの鼻祖と崇められている鳥羽僧正も、その抱腹絶倒の傑作の題名を「陽物比べ」として、「陰物比べ」とほしなかった。

男性の股間についてなされたわが国で最も美しい表現は何かとならば、少少突飛に思われるかもしれないが、私は世阿弥の『風姿花伝』をはじめとする花の理念を挙げたい。世阿弥の「花」はいうまでもなく能楽の美の象徴だが、この「花」とほじつは性的魅力のことであり、さらにいえば股間の魅力のことだと、私は思うのだ。

周知のとおり、花は植物の「生殖の光りかがやく中心部」である。植物の生殖器である花に能楽の美を象徴させた世阿弥の意味するところを、私たちは考えなおしてみる必要があろう。
                    
当時、能楽は今日では想像できぬまでに煽情的(エキセントリック)な芸能だったし、世阿弥じしん12歳の「花」の魅力によって時の青年将軍、足利義満公に見いだされてその寵愛を受け、それがそのまま能楽の大成につながり、「花」の理念の完成につながったのであった。

股間の表情というと人は眉をひそめるかもしれないが、そのあからさまな緊張と紅潮を考えるまでもなく、股間の表情の直截的なこと、顔の表情以上といえよう。いや、股間の個性という表現だって、じゆうぶん成立する。股間のかたち、いろ、つやについては、それこそ十人十色、いっそ男の美醜をここで決めてほどんなものかという説があるほどだ。花が植物の生殖器であり、股間が人間の花であることを思えば、この意見、あながち奇矯とはいえまい。

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― posted by 大岩稔幸 at 11:37 pm

 

大切なものとの邂逅

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 私たちは苦しいとき、辛いとき、また人生の節目の折々に目には見えない神仏を求めたりします。私は特別に熱心な信者というわけではありませんが、困ったときの神頼みというか、神仏を信じたいという気持ちになることがあります。

 もしも、生まれた目的を忘れ、孤独に泣いたとしても、私を見つめ思いやる存在があると。ときにうちひしがれ、人生に絶望していても、そっと寄り添う存在があると。そう信じての神頼みです。

 私は霊能者でも、超能力者でもない普通の人間ですが、現世の視点で物事を見つめると同時に、肉体を持たないものたちや、魂の視点で私に見えるものがあるとしたら、それらの言葉を代弁すべく、制作がしたいと考え興味を持つようになったのです。

 いうまでもありませんが、絵に措かれている龍は架空の生き物です。目には見えず、物質としては存在しません。けれどそのような対象への、敬意や憧れ、崇高なものとして位置づけられている存在と、思いがけなく出会うことができたとしたら、どんなに喜びを得られるだろうか。絵に表現したかったものは、そんな私の精神世界です。また、私は一人ではない、守られていると感じたいゆえに、人は皆一人ぼっちではない、目には見えなくとも本当に大切なものに気づいているのだろうか、そして気づいてほしい、さらに私自身そうありたいという願望も込められています。

これまで私が経験し、良くも悪くも心が揺り動かされた事物が大きく影響しています。そして今私は、私たちを取り巻く現代はまさに混沌と、不確実な時代へと突き進むべく、漠然とした不安にとらわれながら生きている人がいると感じるのです。なぜそれほどの孤独感にさいなまれ、無力感にとらわれる人がいるのでしょうか。

 それは、現代にはびこる経済、物質至上主義の価値観に一喜一憂し、自分が今ここに在ることの意味を失っているからに他ならないからだと思うのです。そこで必要なのは、静寂のなかにそっと身を置き、聞こえてくる自分自身の言葉。私はどれだけ耳を傾けることができているのか計り知れませんが、心の目を見開いて、ありとあらゆる感覚で本当に大切なメッセージを受け止めて生きてゆきたいです。本当に大切なものは目には見えません。

それに気づき精神を重んじられるようになれば、幸せの価値が物質ではなく一人ひとりの心にあり、有限な物質と折り重なつて存在するのだと理解できます。だから私は、目に見えるもの見えないもの、美しいものそうでないもの、ささやかに語りかけてくる声に柔軟に反応し、学び続けたいと思います。

― posted by 大岩稔幸 at 06:54 am

こころと文化

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よく、21世紀は「こころの時代」と言われる。ふたつのエビデンス(証拠)があってのことだろうと思う。ひとつは迫り来る時代の圧迫の中で多くの人が心痛むことが避けられなくなるであろうということ、もうひとつはその人びとを含め、心の病に対する認知が高まっていくことである。

「迫り来る時代の圧迫」とは極度な迅速化、効率化、能力主義に支配されるようになってきた社会構造の変化であり、外には武力での戦争、内には企業の戦争といった平静ではない社会状況があることである。多くの人びとがこの状況に対応していくだけで多大なエネルギーを使っていて、もう余力がないという状態にも見える。

こういう時代の変遷は私たちの生活様式を変え、考え方、態度、習慣、儀礼にも変化を及ぼしている。いわば私たちは「かつて」の時代から「今」の時代への文化変容を余儀なくされている。この社会現象と文化現象の相関は世界のいたるところで見られている。

かつて電話線を敷くと必ず「盗まれて」しまい、連絡のつきにくかった、アフリカの奥地の人びとが今では携帯電話を持つ(線がないのでかえって普及した)。文明の秘境といわれた場所でも、世界の情報はリアルタイムで届けられるようになって、ワールドカップさえ楽しまれるようになっている。

「こころの時代」は一方では、個人の生活様式というミクロなレベルから、いわゆるグローバライゼーションという流れの中で世界全体の構造が変化するというマクロのレベルまで、文化の変容が余儀なくされている時代とも言える。その変容が先に述べた心へのインパクトやストレスをもたらしていることは想像に難くない。 

その意味では「こころ」と「文化」は分かちがたく連関しているものであり、その物量とスピードにおいて、激しい文化衝突と変容が繰り返される21世紀を「文化の時代」と呼ぶことも妥当件のないことではないように思う。

例えば一人の外国人に対峙したとき、民族は違え、言葉ほ違え、同じ人間なのだから、理解できると考えるか、異なるということが、理解を拒むものを内包していると考えるかは、その人に対するアプローチをかなり異なったものにする。

科学の基礎は概ね前者の考え方をとろうとしている。人間という種は基本的な形態、DNAの構造も同種なのであるから、そこに発現してくる現象を概ね同じという発想である。医学的診断もその基本の上に成り立っている。スーダン人であろうが、アメリカ人であろうが、肺ガンは肺ガンである。地域差は感染症や凰土病のようなものに表れるが、それも科学的「根拠」のある偏差であり、人間であれば誰しも罹患しうるものと考える。この考え方を精神医学にも敷衍すると、人間の認知・感情・行勅という高次な脳活動もそのトラブルとして発現される現象は普遍的であると考えられる。

チベットの奥地であれ、束京の都心であれ、うつはうつである。言葉や態度によって多少修飾されるが、「根拠」に基づく症状があればそれは普遍的な「うつ病jであると考える。この考え方は世界統一規格の診断基準、DSMやICDなどに反映されている。

一方、普遍的な診断基準を用いる理由は、有効な治療という考え方が裏打ちされている。診断の普遍化を目指すことは、それぞれの国や地域によって技術の差はあれ、もっとも有効な治療の可能性を示すこととなる。そこには汎文化的合意があるという前提がある。

しかし、精神医学の特異なところは普遍化された診断と、普遍化された治療というアルゴリズムが必ずしも有効な治療ないしは治療結果につながらないことがあるという点である。

科学的実証主義によれば、スーダン人のガンも、アメリカ人のガンも突き詰めればガンという細胞の問題であり、統一的な最高の治療をすれば治るということになる。そこにかかわる文化社会的背景は統一的な治療への修飾要素となる。

しかし、スーダン人のうつも、アメリカ人のうつも統一的な治療で治せ、文化社会的背景は治療の修飾要素かと言われると大きな疑問符がつくはずである。それぞれの文化に「うつ」を語る言葉があり、「うつ」を癒す方法がある。その認識を無視して、普遍的治療に一足飛びするわけにはいかず、また、そうしたとしても、必ずしも良好な結果が得られるわけではない。

科学的と言おうが言うまいが、精神疾患の発病、経過、回復は多様な心理社会的要素に彩られていて、それぬきで統一化されたプロトコールを歩むわけにはいかない。精神医学が科学実証主義的にはファジーだと批判される理由でもあり、また、魅力ある学問だとも考えられる理由でもある。少なくとも精神医学はその誕生から「異なるということが、理解を阻むものを内包していると考える」姿勢で歩んできたと言える。


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― posted by 大岩稔幸 at 10:56 pm

サバをよむ

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福井県の若狭湾岸と京都の間には、幾筋もの「サバの道(サバ街道)」が通っている。浜捕れのサバに軽く塩をして、大急ぎで運んだ道だ。京の街に着くころには塩がなじみ、名物のさばずしなどに使われた。

「サバの生き腐れ」といわれるように傷みやすい。低温輸送が発達していなかった時代、日持ちのする塩サバは海から離れた地域でなくとも一般的だった。その意味では「塩サバの道」は全国各地にあり、庶民の味を届けていたといってもよいだろう。

そんな大衆魚の代表格であるサバが高級魚のマグロを産む―。まるで手品か何かのような話がきのうの本紙に出ていた。東京海洋大の吉崎悟朗准教授が年内に研究を本格化させ、五年以内の実現を目指すという。

クロマグロの精子のもととなる細胞をサバの稚魚に移植すると、やがて大きくなったサバから自然受精でサバと一緒にマグロが生まれるという。マグロ版の「代理父母」とでもいえそうだが、素人には何とも不可思議な科学の世界だ。

乱獲によるマグロ資源の減少で、規制は強まるばかり。一方のサバも、水産庁によると資源は低位にあり、漁獲量を減らさないとさらに減少する恐れがあるという。このままではマグロは超高級魚に、サバは高級魚になり、庶民の口から遠ざかりかねない。

研究が成功し、サバがわが子とマグロを産むようになれば、両種の資源増につながる可能性がある。まさに「一石二鳥」。サバから生まれたマグロは「誰の子」、などとは考えまい。

― posted by 大岩稔幸 at 10:36 pm

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