野合と付和雷同

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紅葉と四季桜


 孔子はその父親と正夫人との間の子どもではなかった。司馬遷(しばせん)は史記に「野合して孔子を生んだ」と書いている。辞書によれば野合とは、男女が正式な婚姻によらず結ばれること。

それは聖人の伝記にふさわしくない。そう考えた後世の儒者たちは、女性が天に祈って身ごもったとする説などを主張してきたという。いずれも中国史学者の故貝塚茂樹さんの「孔子」(岩波新書)に教わった。

まるで聖母マリアの処女懐胎を思わせる伝説である。そこまでしなくても孔子の偉業は揺るぎはしないのにと思うのだが。要はそれだけ孔子への敬愛の念が深かったということだろう。

野合の印象を拭い去ろうと懸命なのはこちらも同じ。師走の衆院選に向けて、既成政党に対抗する第三極を結集しようと日本維新の会に太陽の党が合流した。だが、脱原発や消費税など基本政策の違いを棚上げしての大同団結ではないか。そんな疑問はなお残る。

日本維新の新代表、石原前東京都知事は「増税容認」の主張と相いれない減税日本との合流方針もいったん発表した。一転ほごにしたのは「減税日本というネーミングが粗雑」だから。名前を変えれば済む問題ではあるまいに。

〈君子は和して同ぜず、小人は同じて和せず〉。孔子の言葉通り理想の人間は見識を持ち、利害によって離合集散したりしない。君子か小人か。見極める眼力が求められるのも孔子の時代と変わらない。

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乾山写しの雲錦文様( 春と秋、両方の季節に使える抹茶茶碗)






















高知新聞
小社会 2012年11月19日より転載

― posted by 大岩稔幸 at 01:11 am

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