米国のプライマリケア医

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米国の医学校では、医学生で、一般内科や家庭医といった「プライマリ・ケア」に従事したいという人が激減している。ここ数年の減少ではなく、10年近く前からそうである。たとえば、家庭医研修のポジションは年々減っているが、減ったポジションの米国医学校卒業生の充足率はさらに下がっている。1997年には、7割以上の家庭医が米国の医学校卒業であったが、2006年には4割ちょっとである。その足りない分は、外国から充足する、というわけだ。
 
 また、内科の研修を終えたものは、一般内科に行くか、さらに専門分野に細分化されるかを決定するが、年々一般内科希望者が減っている。細分化された専門家になりたがる人のほうが、多いのである。
 
 給料が低い、仕事がきつい。多くの米国のプライマリ・ケア医は現状に不満である。不満の募る現場を見て、医学生がそんな進路に進みたいと思うわけもなく、悪循環は続く。
 
 米国の診療報酬は、日本と同じく「質」より「量」で決定される。たくさん患者を診ないと食っていけない。診療時間は短くなり、患者の不満は増し、医者のストレスはさらに増す、という悪循環。とはいうものの、彼らは日本の臨床医に比べれば労働時間も労働量も圧倒的に少ないのだが、まあ、どの辺が満足の域値かというところも、ある。米国の医師は、日本の医師に比べると金にはうるさいので、給料をどのくらいもらえるか、というのも大事な点だ。
 
 慢性疾患は増え続け、予防医療に必要なタスクも増え続け、プライマリ・ケア医に課せられた課題は増える一方である。現場では、アクセスを効率よくするなど工夫もされているが、全体の流れを押し返すには至っていない。
 
 米国の医療は誰かが旗を振って、プラン通りに進められているわけではない。州や連邦の行政、現場の医師や医療機関、保険会社、保険料を支払っている(あるいは支払っていない)企業、お金のある患者、ない患者、そしてゼネラリストとスペシャリスト。多くのキープレイヤーが各々の利害のために(もしかしたら、ただそれだけのために)、動き回り、その産物が、現在の米国医療だ。そこには、明日へのビジョンが見えない。ビジョンはなく、単に戦略や戦術だけが不気味に脚を伸ばして発達している医療。これが米国医療の本質である、と私は思う。
 
 日本のプライマリ・ケアが、米国から学ぶことはまだまだ多い。一方、米国型のプライマリ・ケアの模倣が、明るい未来を保証しないこと。というか、そうならない可能性の方が遙かに高いことを、知る必要がある。あとは、この現実から目を背けずに、信じたくないことにも目を背けずに、現実を見据えることである。中途半端な模倣を模索している一部の日本の医療界は、華麗な戦略や戦術に目を奪われて、もっともっと大事なことには、気がついていない。
 
 

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― posted by 大岩稔幸 at 12:23 am

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