解釈改憲

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防衛省が9日に誕生する。1954年の防衛庁の発足以来半世紀、関係者の悲願が実現し、自衛隊は新たなスタートを切る。

 省昇格は単なる看板の書き換えにとどまらない。「専守防衛」を基本方針としてきたわが国の防衛政策にも大きな変化をもたらすだろう。この変化をどう考えていくのか、国民にも大きな課題となる。

 わが国の安全保障の基軸になるのが日米安保体制であることは間違いない。しかし、この同盟関係の歴史は、米国の対外戦略にわが国が絶えず翻弄(ほんろう)される歴史でもあった。

 それでも、わが国が曲がりなりにも専守防衛に徹することができたのは、ひとえに集団的自衛権の行使を禁じた憲法の制約があったからにほかならない。

 わが国が従来の立場を大きく変える契機となったのは、自衛隊の海外派遣を可能とした宮沢内閣の下での国連平和維持活動(PKO)協力法の施行であろう。

 後方支援、人道支援という名目の下、カンボジア、ゴラン高原、東ティモールなど世界のさまざまな国や地域へ自衛隊が派遣されるに至ったのは見てきたとおりだ。

 それからの動きは、小渕内閣の周辺事態法、小泉内閣でのテロ対策特措法、イラク特措法、有事関連法と息つく暇もない。

 これらの法整備の背景には湾岸戦争、アフガン戦争、イラク戦争などがあるのは言うまでもない。米国への支援が迫られた結果でもある。

 こうした自衛隊の活動範囲の拡大で、歴代政府が駆使してきたのは、「解釈改憲」と言われる憲法九条の拡大解釈であった。その解釈でもタブーとされたのが先の集団的自衛権の行使である。

 一連の法整備で、憲法上の制約がかろうじて維持されてきた理由でもあるが、戦争状態のイラクへの派遣ではその解釈も限界に達していた。「非戦闘地域」という概念を立てざるを得なかったことに、その限界は示されている。

 文民統制が問われる

 防衛省の誕生はこうした流れの上にあることを知っておく必要がある。このことを忘れると、流れの先にあるものが見えなくなる。

 政府与党の間では、これまで「付随的任務」とされてきた海外派遣が「本来任務」に格上げされたことにより、派遣を随時迅速に行うため、特措法など新たな法整備の必要のない「恒久法」制定や武器使用基準の緩和などの動きがある。

 そうなれば、自衛隊の海外派遣の在り方が根本から変わり、アジア諸国に一種の安心感を与えてきた専守防衛も危うくなりかねない。

 防衛省の権限強化は文民統制下においてのみ許されるものだ。恒久法は個々の事例に応じて国民の代表である議会で論議するという文民統制の基本を逸脱する恐れがある。

 無論、そのまた先にあるのは憲法改正による自衛隊の明文化や集団的自衛権の見直しであろう。賛否とは別に、このこともしっかり理解しておきたい。

2007年1月3日 高知新聞社説

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― posted by 大岩稔幸 at 06:23 am

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