国策としての原子力

soni

国策:
経済産業省  
原子力の高コスト構造の維持は困難。育成ということで国による徹底した サポートがあった。
1)原子力産業育成  日立や東芝の育成:すでに新設は困難。使命は終わった?
2)地域振興;札束攻勢  補助金がないと原子力は成り立たない。地方の補助金どっぷり体制も あるわけですが、こちらの代替案=地域振興の心配もしないといけないわけ ですが、いずれにしろ、ここまでしてサポートしないと維持できない政策は かなり無理があったとはいえる。
3)トイレなきマンション  再処理施設問題。
4)技術が未熟   技術に絶対はないのは当然。

○電源立地地域対策交付金による地域振興;過疎の辛さ
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地域では以下のような実態です。 交付金の実態
http://www.yochomachi.com/2011/04/blog-post.html Link 原発儲かる:

【最後は金】2005年班目氏(現原子力安全委員長)
http://www.youtube.com/watch?v=uIpHqpd7BoI&feature=youtube_gdata_player Link
原子力のコスト

http://ftyouth.exblog.jp/13312063/ Link  
原子力や火力、水力などの発電所立地を円滑化するため、国が自治体に配分 する交付金。

施設改修から幼稚園運営、乳幼児の医療費助成、スポーツイベン トまで幅広く活用されている。経済産業省によると、出力135万キロワット の原発が建設された場合、都道府県や市町村にもたらされる交付金は年間21 億1000万〜22億1000万円。このほか、電力会社が納める固定資産税 収入もある。

(ウ)電源立地交付金制度の更なる改善等
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 電源立地交付金(電源立地地域対策交付金を始め電源立地地域の地域振興を 目的とする一連の交付金)は、次の二つの性格を持ち合わせている。
第一に、 立地段階については、設備の設置を円滑化するために、交付金制度が創設され た経緯があり、現在も交付金額が厚めになっている。
第二に、運転段階につい ては、運転の円滑化を図るという観点から、より多く発電した立地地域に対し て、より多くの交付金を交付することが基本であり、発電電力量の多い発電所 の立地地域の一層の理解が得られる制度であることが重要である。
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○はたして経験はいかされるのか
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吉野議員;身の丈に合った緩やかな地域振興 しかし新しい街づくりを。大いに同感です。 いずれにしろ「町がなくなる」のは到底割に合わない。 しかし石巻は安全確認もしない内に早々に再開容認とか。経験はあまり生きそうにないかも。
「被災地議員」吉野正芳 衆議院議員(自民党 福島) 2011.4.6
http://www.youtube.com/watch?v=PtZUEAy1xlw&feature=relmfu Link
福島県双葉地方町村会 緊急要望 2011.4.5
http://www.youtube.com/watch?v=j6xVSG41HX8&feature=relmfu Link
町村長のおもな発言。

遠藤雄幸・川内村長
「いま、われわれの試練についていえば、とても悔しい。 きょう、初めて総理に会えた。東京電力が補償するができないところは国がサ ポートする、と菅さんから聞くことができた。将来が見通せないが前に進んで いこう。しかし、避難生活は困難をきわめ、不明者の捜索もできないし、遺体 がどうなっているのかもわからない。原発に頼らない双葉地方をめざす」

井戸川克隆・双葉町長
「小さな町で平穏に過ごしてきたのに、こんなことになった。埼玉県に町を移動し、歴史を作りながら、新たなことに挑戦している。 電気供給という国策に貢献し、首都圏の電力の30%をまかなっていると自負し てきた。安全であると信頼していた。この(会場の)頭上の電気も供給してき た。東京の大停電がこれからあるかもしれない。一地方ではなく、国民全体で 原発をどうするか考える時期がきた」

草野孝・楢葉町長
「20キロ圏内で町民は ひとり残らず避難している。国策の電源立地で東電と共生しながらやってきた が、踏んだり蹴ったりの地域になってしまった。菅首相には、被ばく防止を国 策としてやるよう求めた」

遠藤勝也・富岡町長
「第二原発がある。原発は安全という神話を信じ切ってい た。町民1万6000人が全員避難している。みな、ほほがこけている。『町長、 いつ帰してくれるんだ』といわれ『これ以上悪くならない。必ず帰りましょう』 と答えている。第二原発は冷温安定ではあるが、運転再開には世論はおそらく 厳しいだろう。ただ、双葉地区には原発就労者が1万人いて生計を頼っている。 中長期的に議論しなければならない」

鈴木茂・大熊町副町長
「避難所が18か所 に分かれてしまった。みな着の身着のままで避難している。貴重品をとりに帰 りたい。一回、うちに帰してほしい」 馬場有・浪江町長「危険区域に入って不明者を捜索したい。遺体の安置もしな ければならない。10キロ圏内の放射線情報を開示してほしい。この放送を聞い ている町民のみなさん、生き抜いて一日も早く帰りましょう。東電から2000万 円の見舞金の提示があったが、お断りした。謝罪もしないで見舞金という話は ない。町民ひとりひとりがもらうものだろう。財産を全部パーにしたんです。 金額は十分ではない。役場は避難所の世話で精いっぱいなので、東電にはマン パワーを出してくれと要請したが、出なかった」

山田基星・広野町長
「復旧作業には絶対的な支援をお願いしたい。それだけです」

松本允秀・葛尾村長
「地震・津波の被害はなく、ほかの被災者200人を受け入れていた。原発事故でみな避難している。温かく受け入れてもらったが、 生活は大変だ。一日も早く村に帰りたい」

福島県浪江町浪江町長より町民へメッセージ
http://www.youtube.com/watch?v=eTVbYgX_KRo&feature=related Link
浪江町のみなさん、原発被災者の皆さんと、あなたにも訴えます!

http://www.youtube.com/watch?v=olLUc8qSh-A&feature=related Link http://news.goo.ne.jp/topstories/nation/428/ Link
5月9日(月) 14時59分石巻市長、女川原発の再開を容認
5月9日(月) 11時47分交付金、原発停止で大幅減は…
5月9日(月) 7時23分橋下知事、浜岡停止に協力表明

参考文献
http://historical.seismology.jp/ishibashi/opinion/2011touhoku.html Link

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― posted by 大岩稔幸 at 09:55 pm

浜岡原発の運転停止

HamaokaNPP201005


過ちを改むるに憚る事なかれ  2011.05.07

 菅総理が中部電力に浜岡原発の運転停止を要請とのことです。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/news/CK2011050702000037.html Link

 日中戦争を研究した私は、この国は一度始めたことは やめられない国なのだと思っていました。

 日中戦争が典型です。
どんどん中国奥地に攻め込む。 中国全土を日本軍が占領するなど不可能であることは、 火を見るよりも明らかだが、わかっちゃいるけどやめられない。

 昭和16年の日米交渉で中国からの撤兵を求められたときが 撤退のいい潮時だったはずです。

 沢本頼雄海軍次官は
「これまでの成り行きにまかせば戦争となることはほぼ自然の経路なり。 ゆえにこの際大観して従前の方途に進むを可とするや、
または心機一転して数年来の国策より考え直すを可とするやの問題なり。 今まで間違っていたからこれを続行するということは承服できず、
間違ったものは改めざるべからず」 と、言いましたが彼の正論は通らなかった。

 ガダルカナルしかり。
太平洋の小島にそれほど戦略的重要性があるわけでもないのに、 敵が来ると、死力を尽くして守る。 しかも、兵力を小出しに小出しに使う。

 秋田県八郎潟の干拓事業しかり。
戦後の食糧難の時代に八郎潟の干拓は計画された。 もちろん漁民は猛反対した。しかし、目下の食糧難と 来たるべき人口増加の危機を考えれば、カロリー調達の効率として 漁労よりは農耕のほうが効率的である。 「国家百年の大計」のために八郎潟は干拓しなくてはならないとして、
昭和32年から干拓が始まった。しかし、日本全体の食糧難を 八郎潟一ヶ所の干拓で解決できるはずがないのは明らかである。

 戦後の農地改革によって農民は「自分の土地」を持ち、 「地主の土地」を肥やすために労力をかけようとしなかったための 非効率性は改善された。米の品種改良と農法の改善・普及もあいまって、 水稲の10アールあたり収穫量は、明治時代初期平均200キロ、 昭和戦前期300キロだったのが、1960年代には約400キロに達した。 戦前に50年かかって達成した収穫増量を農地改革の結果、 わずか十数年で達成したことになる。

 八郎潟干拓事業が完成に近づく頃には、米余りは 誰でも予測がつくようになった。それでも当初の計画を 変更することなく、全国から「米作りの名人」を募集して 大規模農法による米の大量生産のモデル事業に固執した。 昭和42年から干拓地に入植を開始し、 故郷を離れて全国から集まった農民は、 借金をして米の大量生産以外には使い道のない農機具を買い整え、 「食糧難の解決のために」、希望に燃えて農業を始めたが、 昭和45年には本格的な米の生産調整が始まった。

「米作りの名人」ということは別の言い方をすれば 「米作り以外に能のない人」という意味です。 転作はできないことなのに、できないことをやらなければ ヤミ米作りの犯罪者ということになった。 食糧増産と産児制限の政府の目標は見事に達成され、 日本は米余りと少子化に苦しむことになった。

 徹底的に考えることをせず、何か問題があると、 反射的に場当たり主義の対応をし、一度はじめたら途中で変更しない。
これでは長期的な国家プロジェクトはことごく失敗せざるを得ない。 大きな視野にたって戦略的な方針を定め、一歩踏み出すごとに、 その時点の視点から、最終目標を見直し、修正を重ねながら、 次の一歩を踏み出していく。大きな誤りに陥らないためには、
戦略をよく考えるとともに、誤りが小さいうちに修正する作業が 欠かせないのです。

 今回の浜岡原発停止要請は、今の日本には 「間違ったものは改めざるべからず」という 英断を下す政治家がいたことを示すのでしょう。
まずはちょっぴり安心というところですが、 運転停止しても、核燃料が海岸に近い東海地震の震源直上にあるのは やはり不安。ぜひ、速やかに核燃料をよそに移す要請もしてほしいです。

― posted by 大岩稔幸 at 11:41 pm

 

ビンラディン殺害

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ジェロニモ(Geronimo本名:Goyathlay), 1825年頃 - 1909年2月17日)は北アメリカ大陸先住民アパッチ族の抵抗運動の軍事指導者。

アメリカは今も「西部劇」を生きる―ビンラディン殺害―

2011年5月1日、ウサマ・ビンラディン容疑者が、パキスタンの首都イスラマバードの北60キロのアボタバードという町で、アメリカのCIAによって殺害された。ビンラディンは9・11事件の首謀者である、というのがCIAの殺害理由である。 
しかし、私は、10年前から、ビンラディンは9・11事件の首謀者ではなかったような気がしている。事件にアルカイダは関係していたのだろうが、彼は首謀者と言えないのではないか。首謀者は他にいるのではないか。その根拠は、アメリカ政府が、2001年12月13日に発表したビンラディン自身の次の言葉である。

「前週の木曜日(9月6日)に、その日(9月11日)に事件が起きるとの事前通告を受けた。その日、仕事を終え、ラジオのスイッチを入れた。飛行機が突っ込んだとき、彼ら(周りにいた者)は大喜びした。」(12月13日、アメリカ政府発表)

首謀者が、犯行の日取りを知らないということはあるのだろうか。5日前まで、彼は事件が起こることすら知らなかったようにも読める。犯行のその日、仕事を終えた彼は、ラジオのスイッチを入れ、冷めた目で、周囲の人たちを観察している。9・11事件以前の彼は、知られているとおりであろう。しかし、9・11事件を境に、彼のイメージは、アメリカの世界戦略の都合によって捏造、コントロールされていったのではないか。

逮捕したくなかった

私は、その気があれば、CIAがビンラディンを生きたまま逮捕することは可能であったのではないかと思う。ヘリコプターで急襲した作戦は40分で終了し、CIAの側に1人の犠牲者も出していない。「抵抗したから殺害した」ということだが、彼は武装していなかった。武装していない彼にどんな抵抗が可能だったのだろう。いきなり頭を撃たなくとも、彼の動きを封じることはできたのではないのか。現場には、鍛え抜かれた射撃の名手をそろえていたはずである。実況中継を見ていたオバマ大統領がその瞬間に言ったそうだ。「We got him.(仕留めた)」

アメリカが2001年10月にアフガニスタンを攻撃したのは、9・11事件の首謀者であるビンラディンをタリバン政権がかくまっているという根拠に基づいている。もちろん、国連安保理の決議はなかった。「自衛権の行使」ということだが、アフガニスタンはアメリカから遠すぎないだろうか。また、2003年3月のイラク戦争開戦は、大量破壊兵器がテロ組織にわたることを防ぐ、というのが大義名分であったが、大量破壊兵器はとうとうどこからも出てこなかった。こうして見ていくと、結果的には、アメリカの世界戦略にビンラディンはとても好都合な人物であったことがわかる。21世紀に入ってからのアメリカの戦争には、「テロとの戦い」という大義名分が必要だった。彼は、9・11事件以後、「テロとの戦い」のシンボルとして、最後までアメリカに利用されたのではないだろうか。

アメリカは、ビンラディンを逮捕したくなかったのではないか。法廷でビンラディンが語ることで、この10年間のアメリカの軍事行動の大義名分が崩れてしまうかもしれなかったからである。イスラム原理主義者は、アッラーの前では、ウソを言えない。裁判では、最後に、「あなたは、そのことをアッラーに誓って真実と言えますか?」と問えばいいのである。イスラム原理主義者なら、真実を語り始めるはずである。9・11事件以後も世界では数々のテロが行われたが、ビンラディン自身は、隠れることに追われ、実質的にはほとんど何もしていないのではないか。ビンラディンとは1度も会ったことのないような人たちが、各地でアルカイダを名乗り、テロ活動していたのではないか。そのことが露見するのをアメリカは恐れたのではないか。

「水葬」の理由

アルカイダを組織したビンラディンは、アメリカのCIAがソ連をアフガニスタンから追い出すために作り出した怪物である。CIAは、ビンラディンに資金も武器も提供し、全面的に利用した。ビンラディンがアメリカを利用したという面もあったかもしれない。しかし、イスラム原理主義者である彼は、アフガニスタンからソ連帝国主義を追い出してから、アメリカ帝国主義に立ち向かっていった。彼の母親は、パレスチナ人であり、アメリカと戦う理由は十分すぎた。そして、アメリカは、そのことを「テロとの戦い」を遂行するために、巧みに利用した。今回、ビンラディンを発見してから9カ月も泳がせておいたのは、大統領選挙でオバマ大統領に好印象を与えるタイミングを測っていたからだろう。いや、もしかしたら、アメリカは、この10年間、ビンラディンをずっと泳がせていたのではないか、とすら想像してしまう。

生死にかかわらず、アルカイダがビンラディンを奪還するだろうことは、十分予想できた。世界にイスラム教徒は約16億人(2009年)おり、アルカイダの支援者は2000万人いるといわれている。彼を奪還するために命をかける若者はいくらでも名乗りを上げたに違いない。たぶん、奪還のための巨大なテロが実行に移されたことだろう。また、埋葬されてもなお、ビンラディンは世界を動かす可能性があった。その埋葬地が「聖地」になり、アメリカ帝国主義に対する抵抗の象徴になる可能性があった。

イスラム教は、偶像崇拝を禁止しているので、その代わりに、聖地が大きな意味を持つ。メディナが、メッカとともにイスラム教の聖地なのは、そこにムハンマドの墓があるからだ。ビンラディンは、多くのイスラム教徒にとって、ムハンマド以後に出た最大の「英雄」であったことだろう。だから、アメリカにとっては、殉教者ビンラディンは、地上から永遠に葬り去る必要があった。アメリカがビンラディンを、場所を明かさずに「水葬」にしたのは、そういう理由によるものだろう。「水葬」が、イスラム教徒に対してエチケット違反であることは、アメリカもわかっていたはずである。砂漠を旅した者なら、皆実感を持って、知っているはずである。砂漠には、水葬のための水も、火葬のための木もないのである。砂漠では、伝統的に土葬がしきたりなのである。私はアラビア半島で見た広大な墓地には、1つの墓標もなかった。ただ、暗殺されたファイサル国王の墓には、大きな木が1本立っていた。

隠れ家を発見してからの9カ月の間には、いろいろな可能性が語られ、議論がなされたのに違いない。しかし、イスラム教徒と仲良くするための話し合いはなかったのだろう。ビンラディン殺害について、オバマ大統領は「正義が行われた」と語った。しかし、それは、アメリカの「西部劇」の正義である。21世紀の世界に通用する正義ではない。世界では、アメリカに「西部劇」の悪徳保安官のイメージを重ねた人も多かったのではなかろうか。ちなみに、ビンラディンの暗号名は、「ジェロニモ」であったという。・・・。

イスラム教徒とキリスト教徒が歩み寄れる時代は、はたして訪れるのだろうか。

http://www.janjanblog.com/archives/category/kouchi Link
http://nizm.jp/jelo.html Link





9.11は、アメリカ政府の陰謀か?
http://www.janjanblog.com/archives/14273 Link
「死んだライオンより生きた犬」(アラブの反乱)
http://www.janjanblog.com/archives/31808 Link
「911の真実を求める日本の科学者の会」のHP
http://js911truth.org/ Link
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― posted by 大岩稔幸 at 10:23 pm

原子力発電は必要か

私の尊敬する数少ない大学人として、石橋克彦先生がおられます。

石橋先生は、地球物理学特に地震学の専門家であって、原子力の専門家ではない。
今回の問題に関して短い文章をネットで公開されています。
短いですが、内容は最高に濃いものです。

石橋克彦
私の考え −2011年東北地方太平洋沖地震による「原発震災」について−

http://historical.seismology.jp/ishibashi/opinion/2011touhoku.html Link

この中から引用リンクしてされている
http://historical.seismology.jp/ishibashi/opinion/9710kagaku.pdf Link
http://historical.seismology.jp/ishibashi/opinion/0808toshi.pdf Link http://historical.seismology.jp/ishibashi/opinion/050223koujyutsu.pdf Link http://historical.seismology.jp/ishibashi/opinion/0307IUGG_Genpatsu_Abstract_JPN.pdf Link

などを、まずお読みいただきたい。

これまで石橋先生は、雑誌などで日本での原発の危険性を地震学の立場から訴えてこられています。
地震学者としてだけでなく、原発問題で第一級の学者です。

従って、石橋先生は原発マフィアの手先たちの御用学者たちから目敵にされてきました。
そして、今のテーマの小佐古敏荘教授が雑誌「世界」の中でなど、多くの場面で、「原子力の専門家でもないくせに原発問題に口を出すな」という論調で、石橋先生を批判してきたことは有名です。

この辺は、雑誌だけでなく、捜せばネットで見つかるかも知れません。
原爆症認定訴訟の大阪地裁の国側の証人としての、小佐古敏荘氏に関しては、例えば 以下のサイトにあります。

http://www.tokuoka-miyatake.com/still_crazy/03.html Link http://blog.goo.ne.jp/raymiyatake/e/e0d9eb7ce6762dca04e5c3cb7fb4f848 Link

― posted by 大岩稔幸 at 12:40 pm

福島第一原発について

東電は4月17日、福島第一原発事故事態収拾についての「工程表」を発表した。

これによれば、放射線量の着実な減少(ステップ1)に3カ月、線量を大幅に抑制する段階(ステップ2)までは最長9カ月かかる見込みとのことだ。しかし現場は作業員が近づくことさえ困難な高放射線量を示す環境下にあり、この「工程表」を「あくまで希 望的観測」とみる関係者も多いと言われている。  

この困難に立ち向かう作業員の方々の劣悪な待遇についての情報は、このところ やっと各メディアで少しずつ取り上げられるようになってきたが、ここにきても政府 の対応、施策は、全くと言っていいほど進捗していない。  

まず、作業員のメディカルチェックについて尋ねた梅村聡議員の質問に対する4月 13日時点での厚労省からの回答は、「交替勤務制とし、過重労働とならないよう配慮 しつつ、個々人から体調不良の申し出があった場合は、現地に駐在している医師にて診療を実施」「今後、全員に対して健康診断を実施する予定」という、「厚生労働省」 という省名にもとる、あまりにもお粗末なものであった。多くの作業員が皆同様に過 酷な労働環境に置かれている状況では、自らの体調不良を「言い出しにくい環境」で あることくらい、普通は想像に難くない。このような環境下にある労働者に、自己申告だけで健康管理しようとするなど、耳を疑う信じ難い対応と言える。  

そして4月15日、衆議院厚労委で柿沢未途議員が行った作業員の健康管理に関する 質問において、柿沢議員が、ILO第115条約「第五条 労働者の電離放射線による被ばくを実行可能な限り低い水準のものとするため、あらゆる努力を払うものとする。すべての関係当事者は、不必要な被ばくを避けるものとする」との条文を提示し厚労省 としての現状認識を問うたのに対し、大塚耕平厚労副大臣は「現場では、あらゆる努 力をしているものと信じている」とあまりにも当事者意識に欠ける答弁を行った。

続いての「第十二条 放射線作業に直接従事するすべての労働者は、就業前又は就 業直後に適切な健康診断を受けるものとし、就業中は適当な間隔を置いて健康診断を 受ける」との条文に現況が反しているのではないかとの問いに対して大塚副大臣は、 「作業員は三日勤務すると茨城のほうの拠点に行き、そこで除染ののち健康診断を受けていると聞いている」との答弁を行ったが、これは4月16日に対策拠点の「Jヴィレッジ」に入って実際に作業員を診察した愛媛大学谷川武教授の「最近は、4勤2休という態勢」という報告を考慮すると、事実とは全く異なる答弁との疑いを持たざるを 得ないものであり、厚労省が現状把握を全くしていないということが、改めて明らか となった。  

さらに4月20日の衆議院厚労委で福田衣里子議員によりされた作業員の個人線量計 についての質問に対し、松下忠洋経産副大臣は、当初足りなかった線量計を「全国からかき集め、4月1日時点で約1000個入手した」との答弁を行ったが、福田議員はそれ 以前の3月18日時点ですでに800個が現場に存在していたことを指摘した。松下副大臣 の説明によれば、現在作業員は「日中400〜500人、夜間200〜300人」とのことである から、3月24日の「水たまり被曝事故」時点では線量計は数量的には十分に足りていたはずである。つまり、線量計はあったのに装着させていなかった、ということも判明した。  

また、短期就労者を含む原発作業員全員の健康管理、被曝管理についての質問に対 し、岡本充功厚労政務官は「作業期間や被曝線量のデータベース構築をどのようなものにするかを今考えているところ、健康管理については専門家の意見も聞きながら実施を検討する」という極めて曖昧で頼りない答弁に終始、結局厚労省としてはまだ何も施策を講じていないということが、ここでもまた明らかとなった。また、作業員の事前の造血幹細胞採取についても、原子力安全委員会の「現時点での採取は、必要ない」との見解を追認する形で「今のところ必要ない。」との答弁。現状把握さえして いないにもかかわらず、何を根拠に「必要なし」と判断しているのか、説得力に欠ける以前に無責任とも言うべき姿勢が露呈した。  

放射線管理手帳の所持についても、政府は直接関知し管理しているものではなく、 あくまで事業所の自主規制に任されており、仮に所持せず労働しても法律で罰せられるものではない、とのことだ。  奇しくも昨年7月に、日本学術会議の放射線・放射能の利用に伴う課題検討分科会 から「放射線作業者の被ばくの一元管理について」という提言がなされているが、ここでは、「放射線作業者個人の累積線量(生涯線量)および5年間あるいは1年間の被ばく線量を確実に把握し評価する一元管理システムが、他の多くの原子力先進諸国では 出来上がっているのに、わが国には存在しない」という驚くべき実態が指摘され、 「線量限度を超えている放射線作業者が確認されているにもかかわらず、法的に必要 な措置が取られていないということは、原子力先進国として恥ずべきこと」として、 現状の早期改善を求めている。  

つまりわが国では、原発作業員個々人の放射線管理自体が、もともと現場に一任さ れ、公的一元管理などされていないという、とても先進国とは思えない、そもそも極めて杜撰な状況であったわけだ。これは今回の事故以前から、脈々と受け継がれてきた構造上の問題である。厳密な線量管理をすれば職を失う労働者も生じうる。線量が 上限に達してしまうと、原発での作業は出来なくなるからだ。雇用者はそのような、 何とか職を確保したいという労働者の弱みにつけ込んで、杜撰な線量管理を「労働者 との合意の上」として半ば公然と行ってきたのではあるまいか。  

それが、今回の事故を契機に計らずも露見した、ということではないだろうか。  

つまり、そもそもわが国の原発での作業員の被曝線量管理は「いいかげん」であり、 大事故が起こった現在も、その「いいかげんな慣習」のまま放置され、水素爆発や大 量の汚染水の流出など次々に起こる「想定外」の事態に、「作業員の健康管理など、 とてもじゃないが配慮なんかしていられない」というのが、東電、経産省、厚労省の 本音なのではなかろうか。  
これまで見てきた厚労省、経産省の回答や答弁が、他人事のような誠実さに欠けた 極めて「場当たり的」なものであるのは、おそらくこのためであろう。  

先日公開された「工程表」も極めて「場当たり的」だ。このような「場当たり的」 な工程表は、今後いくらでも修正、変更されるであろう。そして今後、事態収拾が 「工程表」通りに運ばなかった場合、あらゆる「規則」「基準」を、その現状に合わせて変更していく可能性が十分考えられ、いっそう作業員の健康管理、被曝管理が蔑ろにされてゆくのではないかと懸念される。  

ICRP2007年勧告には「線量限度は、緊急時被ばく状況(志願して人命救助活動に参加する場合、破滅的な状況を防ぐことを試みる場合)には適用されない」とある。最近メディアでは作業員の方々が「志願」して作業に当っているとの記述をよく見るが、 作業員の方々が「志願」して自由意思で自ら進んで作業に参加しているとして、これを逆手に取って被曝線量上限を仮に無制限化しようとしているのならば、それは言語道断、決して許されることではない。これ以上、国際的に決められた規則や基準を、 都合よく解釈し適用することは、絶対に許されない。  

「工程表」はあくまで事態収拾のロードマップであり、そこで働く作業員の方々の 人生のロードマップではない。「工程表」で原発作業員の方々の人生まで、決して決めてしまってはならないのだ。


有限会社T&Jメディカル・ソリューションズ代表取締役 木村 知

チェルノブイリ原発事故から甲状腺癌の発症を学ぶ ―エビデンス探索 20 年の歴史を辿る
http://www.ishiyaku.co.jp/pickup/20110322_info/ayumi_23104_306.pdf Link
最悪のシナリオ
http://www.youtube.com/watch?v=7W3ZI6ENAl0&feature=related Link

日本の原子力政策に大きな影響を与えたのが、 読売新聞社社主で日本テレビ社長だった正力松太郎氏(1885〜1969年) だったようです。
読売新聞の論調が、他新聞社と大きく異なる意味もなんとなく判ります。
これは4月20日の毎日新聞です。
http://mainichi.jp/select/wadai/news/20110420dde012040004000c.html Link
毎日新聞 2011年4月20日
国策民営 2011.04.30

佐藤栄佐久前福島県知事は自信のブログの なかで 人災だと謳っています
http://eisaku-sato.jp/blg/ Link

また 産経ニュースには原発事故処理が相当困難な 状況にある記事が掲載され 1号機、炉心注水を減量 
水素爆発の恐れを懸念
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110429/dst11042921030024-n1.htm Link
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― posted by 大岩稔幸 at 09:52 pm

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