米国の大統領選を伝える各紙には「黒人初の」という見出しが躍っている。そんな見出しが躍れば躍るだけ、そう簡単に黒人にしてしまっていいものか、と思ってしまう。
オバマ氏の父親は黒人のケニア人であるが、母親は白人米国人である。母親を重視して白人にしてもよさそうに思えるが、そうなっていないのは、オバマ氏自身が黒人として生きる道を選択したことにあるようだ。
一滴でも黒人の血が入れば、白人ではない。長い間の社会通念であったが、そんなことへの抗議の意味もあったのだろう。とは言いながら、オバマ氏が多くの白人の支持を得たのは、黒人奴隷の子孫でないことが、一種の安心感を与えたからとも言われる。一部から「黒さが足りない」と不満が出たのと裏表の関係だ。
今度の選挙で、オバマ氏は黒人票の95%を集めた。そこに、恐らくオバマ氏の期待を超えた熱い思いが見て取れる。25%が貧困、低い教育レベル、20歳から34歳までの男性9人に1人が受刑中。今、黒人はこんな劣悪な環境のなかにいる。
よかれあしかれ、オバマ氏はそんな黒人すべての思いを託された「黒人初の大統領」という宿命を背負っていくことになる。一歩誤れば、白人、黒人双方から失望の声が上がりかねない綱渡りのような政権運営であろう。
オバマ氏の勝利は人種融和の成果に見えるが、むしろ最初の一歩と言うべきかもしれない。
2008年11月7日
高知新聞朝刊
小社会
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