メメント・モリ

Holbein-death

ミヒャエル・ヴォルゲムート 『死の舞踏』1493年、版画

メメント・モリという言葉をご存じですか。
元々は「生きとし生けるものは必ず死ぬ。だから今を楽しく生きよう」という意味で使われたラテン語ですが、キリスト教の教えが広まり、ペストの流行があったりして「死を忘れるな」の意味で使われるようになりました。

 日本人に二人は一人ががんで死ぬ今、いろいろな物議を醸している「がん放置療法」で有名な近藤誠先生の『医者に殺されない47の心得、医療と薬を遠ざけて、元気に長生きする方法』が第60回菊池寛賞を受賞し、81万部売り上げた。
 この中にリビングウイル(自分が説明できなくなったときの「どう死にたいか」の希望)を書いてみようという章があります。

 自宅で亡くなる人12.4%、病院などの医療施設で亡くなる人80.8%、老人ホームや介護施設で亡くなる人4.3%(2009年厚労省発表)、電話で通報してから救急車が現場に到着するまでの時間平均約8分、通報から医療機関に収容するまでの時間平均約36分(2009年総務省発表)とのことです。

 近藤先生のリビングウイルを引用させていただきます。

「一切の延命治療をしないで下さい。私は今日まで、自由に生きてきました。好きなことに打ち込んで、幸せな人生でした。そして自分らしく人生を終えたいと思っています。今、私は意識を失っているか、呼びかけに少し反応するだけだと思います。すでに自力では、呼吸もほとんどできないかも知れません。このまま命が尽きても、何も思い残すことはありません。だから、決して救急車を呼ばないで下さい。すでに病院にいるなら、人工呼吸器を付けないで下さい。点滴もチューブ栄養も、昇圧薬、輸血、人工透析なども含めて、延命のための治療を何もしないで下さい。すでに行われているなら、すべて止めて下さい。もし、私が苦痛を感じているようなら、モルヒネなどの、痛みをやわらげるケアは、ありがたくお受けします。いま、私の命を延ばそうと力を尽くしてくださっている方に、心から感謝します。しかし、恐れ入りますが、私の願いを聞いて下さい。私は、この文章を、冷徹な意志のもとに書き、家族の了解を得ています。一切の延命治療をしないでほしい。この最後の願いを、どうぞ叶えて下さい。決して後悔しないことを、ここに誓います」。

 救急車を呼ぶかどうか、植物状態でも家族のために生きながらえるべきかどうか、死後の献体や臓器提供の意思表示がないなどの問題点もありますが、一つの考え方だと思います。

 少子高齢化の現代、「国があっての国民だ」という意見が聲發剖ばれていますが、2000年以上国がなかったユダヤ民族や世界中に進出した華僑の例もあります。「国民あっての日本国」のためには社会保障の充実が欠かせません。

 昔から、「医師は国手」とも言われて国のことを考えるのが医師の務めとも言われています。TPPや特区に市場原理持ち込む制度に反対し、子どもたちが日本に生まれてよかったと言えるように、教育費や医療費は無料に、障害者や病人が生活費や医療費に困らないように、そしていつか天寿を全うするその日まで高齢者が住み慣れたふるさとで健康に過ごせるように、私たち医師会員には、連帯と共生の地域医療を構築する義務があるのではないでしょうか。

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                   城北部 小野寺医院 池内 春樹
                   姫路市医師会報
                   No.368 平成23年9月1日発行

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― posted by 大岩稔幸 at 10:55 pm

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