報捨

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夏目漱石の松山時代の句に「卯の花や盆に奉捨(ほうしゃ)をのせて出る」がある。その年上京した俳句の先生、正岡子規に送って批評を請うた。

「奉捨」は一般には「報謝」。仏への感謝から転じて、巡礼や寺社詣での人へのお布施を言う。当時、四国にいた漱石は、お遍路さんへの報謝を子どもが盆に載せて出す、そんな初夏の光景を詠んだのかもしれない。

人騒がせな「報謝」の文(ふみ)が列島を縦断した。北海道から沖縄まで、全国各地の役所のトイレなどで、十枚前後の一万円札とともに手紙が見つかった。「修業の糧として役立ててください」と達筆の文面。封筒の表には「報謝」の二文字。「仏教系の宗教に関係のある人か」「ただの愉快犯では」などと、推理がにぎやかだ。

しかし、不思議なことに、「報謝の一万円札」は四国内では一枚も見つかっていない。ここに着目し、八十八カ所を回った後、お札ばらまきの旅に出たという見方もあるという。「誰が、何のために」はミステリーの定番だが、この手の話には深入りしない方が賢明だろう。

二年前、日本中の道路のガードレールで、鋭利な三角形の金属片が突き出ているのが見つかった。「誰の仕業だ」とみんな色めき立った。が、結局、車の接触で車体の一部がくっついたのだと、実験までして分かった。

冒頭の漱石の俳句には、報謝をめぐるほのぼのとした味があり、子規は採点で二重丸をつけた。だが、陰で誰かがほくそ笑んでいるような悪趣味な報謝には、たぶん点をくれまい。

― posted by 大岩稔幸 at 08:48 pm

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