人口4万に満たない黒石市内には、焼きそばを商う店が、70軒ほどあるという。そもそもは戦後の食糧難の時代に、地元の製麺所で作られた中華麺を焼きそばとして転用したのが始まり。ただし中華麺ではソースが絡みにくかったため、新たにそれ用の麺がこしらえられた。それが太くて平らでコシのある麺。
昭和30年代頃の話だ。焼きそばは家庭の食卓に上ると同時におやつでもあった。駄菓子屋では新聞紙を袋状にしたものに、焼きそばが盛られた。黒石の「つゆ焼きそば」も、それからほどなくして登場したという。
早くから店をだしている「妙光」の主人が「つゆ焼きそば」を始めたのは今から20年ほど前。本来のつゆ焼きそばは日本そばのダシに焼きそばが入っていたとのことだが「ウチの場合はぼくの失敗なのさあ。忙しい時に焼きそばを間違えてラーメンのスープの中に入れぢまっで。お客さんには出せねから、自分で食べたら案外いけた。そんでメニューに加えたのさあ」と屈託なく話す。今では客の8割方は、つゆ焼きそばが目当て。禍を転じて福となすの好例だ。
階下のテーブル席でつゆ焼きそばを待つ。主は厨房に立った。焼きそばは蒸すようにして焼く。具は豚肉、キャベツ、モヤシ、タマネギ、ニンジン、ピーマン、ネギ。ソースは市販のものに酒、味醂、醤油を足し、隠し味としてなんとイチゴジャムを少々加える。それを絡めて焼きそばは完成。これを、煮干し、鶏ガラ、豚骨で取ったスープに入れて、つゆ焼きそばとなる。
つゆをひと口。おお、甘辛酸香、参画した材料がもたらす味のすべてをまんべんなく感じる。そばはもっちりとし、ソースの味が内側にしっかりと抱え込まれている。舌に新たな味の記憶として残され、思いがけない時にふと食べたくなるような特徴のある味わいと食感だ。「味付けは店ごとに大きく異なる」というから、別の店々にも興味が湧く。ああ、こんな焼きそばがあるとは、つゆ知らず。
2008年11月号
JAL機内誌
SKYWARD
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