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女性のうつ病について

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 女性のうつ病生涯有病率は、その地域における男性のそれの約2倍に上ると言われている。うつ病の有病率に性差がみられる理由としては、女性ホルモンのモノアミンへの影響や視床下部―下垂体―副腎皮質系 (hypothalamic-pituitary-adrenal axis: HPA-axis) の脆弱性といった直接的な生物学的因子」や、ライフサイクル上に生じるさまざまな心理社会的因子の関与が示唆されているが、決定的な要因はいまだに明らかにされていない。
 性差を問わず精神科診療にはBio-Psycho-Social理論の観点からのアプローチが重要だが、女性の場合は特にここにジェンダーセンシティブな視点を取り込むことで、診断も治療もさらに一段、レベルアップすることができる。
 たとえば、女性の多様な人生行路や主婦・母・職業人といった複数の役割をもつことへの理解、月経や出産および心身の健康などがこの軸の重要なポイントである。

症状からみた女性のうつ病の特徴
 女性のうつ病の有病率が、男性の2倍である事実は、国際的にも普遍的であるとされている。厚労省のデータによれば、わが国においてもうつ病・躁
うつ病(双極性障害)の患者数は男女ともに年年増加しており、女性患者の割合もまた微増している。
女性におけるうつ病の有病率を押し上げている要因としては、
女性の方が症状を訴える敷居が低い
初発年齢が女性の方が低い
一回のエピソードの罹病期間が長い
再発・慢性化しやすいので見かけ上の頻度が高い
女性は疾病に対してより援助探索行動をとりやすい

これらの要因を勘案したとしても、なおうつ病の有病率は女性の方が高いと考えられている。これは、女性は男性と比べて多様性のある人生を送るため、それに伴う心理社会的なストレスも多いことも関連していると考えられる。(図2)

 女性に多く見られる症状としては、非定型うつ状態と身体症状(自律神経症状)がある。非定型うつ状態は過食や過眠、鉛のような体のだるさ、イライラ感などが主症状として現れるものである。また、女性は男性より自律神経症状を中心とした身体症状を前面に訴えることも多い。身体症状の優勢化はうつ病の診断を遅らせる一つの要因となりうる。例えば更年期女性が非定型うつ状態に相応する症状や自律神経症状を訴えた場合、「不定愁訴」として更年期障害の範疇で見過ごされてしまう可能性があるといったことが挙げられる。

女性のうつ状態、うつ病の見立て(図3)
 この図より、鑑別診断・合併症診断から経過型、症候学的特徴、心理社会的ストレスなどすべての過程と、治療において性差の観点が必要であることが分かる。
 鑑別診断や合併症診断で特に注意が必要なのは、女性に多く認められる、あるいは女性特有の身体疾患である。子宮筋腫や子宮内膜症、不妊症、乳がんなどで行われるホルモン療法に伴う気分失調のほか、鉄欠乏性貧血、甲状腺機能障害や膠原病、アルツハイマー型認知症といった女性に多い身体疾患においても抑うつ状態はしばしば認められる。
 うつ状態は身体疾患やその治療の過程でも幅広く出現する症状であり、生物学的・心理社会的両面からの包括的なアプローチが重要だが、中でも女性のうつ状態では女性ホルモン値や甲状腺ホルモン値、血清鉄のチェックは初診の時点での必須事項である。
 月経や妊娠出産に関連するうつ病は、女性特有のうつ病として捉えることができる。また、結婚・出産・子育てやそれらの両立に関する負荷など女性のライフサイクル上で起こるさまざまな危機に加え、DV(ドメスティック・バイオレンス)や性的被害など女性特有のトラウマの影も見過ごすことはできない。

女性特有のうつ
1.月経に関連するうつ病
 月経10日〜数日前から、頭痛、腰痛、腹痛、乳房痛、むくみなどの身体症状や自律神経症状、あるいは抑うつ、不安、イライラ感などの精神症状が出現し、月経の開始とともに症状が消えていくものを月経前症候群(pre-menstrual syndrome: PSM)という。
 月経前不快気分障害(pre-menstrual dysphoric disorder: PMDD)はその重症型として捉えられており、ICD-10では「他の特定の気分障害」に分類されている。PMDDの症状はPMSに比べて身体症状よりも精神症状が優位であり、反復性の感情コントロール不全やアルコール過飲、性的逸脱行動などで事例化することもある。治療はPSM、PMDDともに疾患に関する心理教育や運動、食事療法によるセルフケアの強化のほか、選択的セロトニン再取り込み阻害剤(selective serotonin reuptake inhibitors: SSRI)による薬物療法が有効とされる。漢方薬も頻繁に使用されている。

2.妊娠とうつ病
 妊娠がうつ病にとってリスクであるかどうかの結論は出ていないが、妊娠期とは「女性にとって幸福を感じる時期」であるため精神疾患が増悪することは少ないとの意見が趨勢であり、妊娠とうつ病をキーワードとする研究領域では、産後うつ病のほか、妊娠中の服薬によるリスク、あるいは薬剤の乳汁移行などのテーマに関心が集まりやすかった。
 しかし、近年の研究から、妊娠中のうつ病は産後うつ病発症の危険性を3倍に高め、また出産前のケアを不十分にし、妊婦の低栄養状態、自殺とも関連が深いことが指摘されるようになるなど、楽観できるものではないことが分かってきている。
 妊娠期のうつ病は早産や低出生体重児の危険性をはらむことがあり、患者にとっても胎児にとっても十分な治療が必要であることは言うまでもない。
 一方、妊娠中の薬剤暴露の問題もまた看過されるべきではない。現在、妊娠期の薬物治療に関して一定の判断基準は存在しないが、うつ病に限らず妊娠期に薬物を使用する際には、これまで蓄積されたデータに基づき、胎児への薬物暴露の影響を最低限にしながら母体の精神の安定を目標にした治療が日値様になる。
 薬物を中止した場合、最も懸念されるのは、やはりうつ病の再発であり、妊娠時や妊娠初期に薬物療法を中止した女性の75%に大うつ病の再発をみたとの報告や、近年では重症うつ病の既往のある全対象集団の43%が治療中止後妊娠期間中に再発をみたとの報告もある。

3.産後のうつ病
 DSM-IV-TRでは、産後うつ病は「産後の発症の特定用語」の中で「産後4週間以内に発症した気分障害」として定義されているが、いつまでを「産後」とするかは研究者や診断基準によって異なる。おおむね産後6週間前後(多くは2〜5週目)までに発症するものを産後うつ病とすることが多い。鑑別を要するものに、マタニティー・ブルーズ、産褥期(産後)精神病がある。
 マタニティー・ブルーズは分娩後3〜10日の間に起こる。理由のない涙もろさ、気分の落ち込み、過敏性の亢進、情緒不安定であり、通常は自然軽快する。
 産褥期精神病は分娩後2〜3週間に生じる急性精神病状態であり、産後うつ病から移行することがある。産後うつ病の治療としては、既往をもつ女性では産後直ちに抗うつ剤治療を開始することが推奨されている。
 授乳に関しても、妊娠初期の服薬と同様のジレンマが起こりやすい。なぜなら、ほとんどの抗精神病薬は母乳中に移行するからである。この母乳中への移行の問題は妊娠初期における催奇形性の問題と同様に現時点では明らかに有害という報告は少ないが、安全であるという保障はない。うつ病の再発は育児にも多大なダメージを与えるため、安易な服薬中止は避けるべきである。

4.閉経期(更年期)におけるうつ病
 40〜50代の更年期にあたる女性のうつ状態をみたときは、「更年期障害としての抑うつ状態」と「更年期に発症したうつ病」の双方の視点を持つことが重要である。具体的には、月経パターンや身体症状、精神科および婦人科の既往歴を確認し、他疾患の鑑別に並行して血液検査で女性ホルモン量を測定する。
 その数値から更年期障害が疑われる場合やホットフラッシュなどの血管作動性症状があれば、ホルモン補充療法などの更年期障害の治療を優先する。
 一方、抑うつ症状が明らかであったり、性ホルモンが更年期パターンでなかったりする場合には抗うつ剤(SSRI・SNRI)などの抗うつ剤治療を先行する。
うつ病に更年期症状が重なることで、更年期女性のうつ症状が複雑、遷延化する可能性も考慮すべきである。

女性のうつ病に対する薬物治療のポイント
 女性に限らず、うつ病患者に抗うつ剤を処方する際には、有効性と忍容性の面から女性にとって有用性の高い薬物を選択していく工夫が必要である。
 その一つは薬物相互作用の少ない薬剤の選択である。女性に多い疾患として乳がんや片頭痛があるが、SSRIと併用注意となっているものがある。また、肩こりに処方される筋弛緩薬の一部も同様である。
 さらに、服薬アドヒアランスを妨げるものに体重増加や月経不順があるので、これらにも注意を向けるべきである。最初に処方される薬は薬物療法全般への印象を決定づけやすい。その後の薬物療法へのモチベーションも見越した上で適切な薬剤を選択したい。

おわりに
 近年、うつ病の多様性とその個別治療の重要性が叫ばれるようになったが、患者が女性である場合には、さらに患者個々の生物学的側面や心理社会的側面にも配慮した、包括的・大局的なアプローチが必要である。

女性のうつ病を診療する場合のポイント
1. 生物学的性差・心理社会的性差を考慮した見立てと治療
2. 甲状腺機能障害を見落とさない
3. 月経前症候群・月経前不快気分障害、産後うつ病、更年期うつ病は
女性に特有なうつ病である。妊娠中のうつ病も軽視できない。
4. 治療には有効性と認容性の両面からSSRIが第一選択薬となるが、
中でも薬物相互作用や体重増加、月経不順といった副作用が少ない薬剤
の選択が望ましい。

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監修:東京女子医科大学付属女性生涯健康センター 所長
   加茂 登志子 先生
もっと知りたい うつ病のこと

― posted by 大岩稔幸 at 10:54 pm

精神科医療について

ENDCIV

 
 中医協総会で議論された「外来における向精神薬の取扱い」について、現在公開されている 資料から、もう一度検討してみたいと思います。
 資料は
○ 精神科医療について  
 http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000001trya-att/2r9852000001ts1s.pdf Link
 のP111〜P125の部分です。
全て印刷すれば136枚也の「大作」で、うんざりしますが、薬物療法について厚労省がどう考えているのかよくわかりますので、10ページだけでも印刷されることをお勧めします。
最初の題名が「外来における向精神薬」であるにもかかわらず、最後の【論点】では 「3剤以上の抗不安薬、睡眠薬の処方」となっているので、報道にも混乱があります。

途中の議論では、CPZ換算やAPAなどの抗精神病薬ガイドラインに言及しているので、「向精神薬」=psychotropic drugsという広義の解釈をしています。途中から 使用実態調査結果の結果にふれ、向精神薬=「睡眠薬と抗不安薬」にすり替わり、さらに 現行の診療報酬評価を持ち出して「麻薬、向精神薬、覚醒剤原料又は毒薬等処方加算」を列挙していて、ますますここでの向精神薬の定義がわからなくなります。

しかし、最後に【課題と論点】で
• 抗不安薬、睡眠薬の使用実態について、抗不安薬で4.2%、睡眠薬で13.6%、 添付文書を 超えた用量の処方がなされていた。
• 抗精神病薬は大量に使用しても治療効果を高めないばかりか、副作用のリスクを高めるこ とが知られており、海外のガイドラインでは慎重に使用することとされている。
だから↓↓ (だからどうしてこうなるのか、論理がわからない)。 海外のガイドラインでは慎重に投与することとされている抗不安薬、睡眠薬について、3剤以上の抗不安薬、睡眠薬を処方する医療機関、調剤する保険薬局 それぞれに対し、診療報酬上どのような評価を行うことが適切か。と明確に論点が記されているので、「抗不安薬、睡眠薬」の3剤以上処方がターゲットに なっているのだということがわかります。
医療課は「多剤処方した場合に、何らかのディスインセンティブを付ける」と公言しているらしいので、非定型抗精神病薬加算のように、使用して単剤に近くなるとご褒美をくれるという加算ではなく、「処方料もしくは処方箋料」の減算を目論んでいるのだと思います。
果たして、現行法令、規則の下で、どのような形で「抗不安薬、睡眠薬」の3剤以 上処方をターゲットにすることができるか考えてみなければなりません。
何人かの審査に関わっている先生方に伺ってみたところ、2つのやり方が考えられる そうです。
(1)向精神薬加算は、すでにレセコンで検出できるので容易。向精神薬が何種類あるかも恐らく検出できる 向精神薬の定義は 麻薬及び向精神薬取締法   http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S28/S28HO014.html Link
第二条  この法律において次の各号に掲げる用語の意義は、それぞれ当該各号に定めるところによる。  六  向精神薬 別表第三に掲げる物をいう。 この表を見ると、ほとんどの抗不安薬、抗てんかん薬、睡眠薬は入りますが、 デパス、リスミー、アモバンなどが不思議なことに除外されています。 しかし、抗てんかん薬が入っているため、これだけで3剤以上処方に減算は無理と思われます。 もうひとつは
(2)薬価基準収載医薬品コード 個別医薬品コード(通称:YJコード)   http://www.data-index.co.jp/news/column0804.html Link
というものがあり、これだと薬価基準収載医薬品コードの4桁目までが薬効分類番号 となり、抗不安薬・睡眠薬というコードがあり、この両剤が検出できるようです。 これまた不思議なことに、デパス・リーゼはこのジャンルに入っていません。 しかし、睡眠薬と抗不安薬の区別はできない。ならば、抗不安薬・睡眠薬併せて 3剤以上で減算となり、かなりの患者さんが対象となってしまいます。 医療課が対象をどう考えているのか、情報を収集してみます。正確な情報を掴んで 反論。反対すべきだと考えます。
中医協では、精神科救急の問題については余り議論なく、この向精神薬については 議論が白熱したようです。 支払い側からは、薬剤費を少なくする対策として効果があるという意見が出たとのことですが、あり得ないことです。
このままこの「規制」がなされれば、抗不安薬の代わりにSSRIが多用され、眠前薬 にはNaSSA(テトラミドとどう違うのよ)が代替えされて、さらに薬剤医療費は 高騰すると予想されます。 薬剤乱用や多剤長期投与による「事故」を阻むためには、こんな小手先のディスイン センティブでは効果はなく、抗不安薬・睡眠薬の総力価による検討や、14日処方制限の復活が必要であろうと、個人的には考えています。

― posted by 大岩稔幸 at 04:10 pm

死と眠りの神

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 ギリシャ神話にはヒュプノスという眠りの神が登場します。穏やかで心優しい有翼の美青年で,夜が訪れると地底の宮殿を出て人々に安らかな眠りを与えます。

 宮殿には3人兄弟の夢の神がいて,父ヒュプノスが眠らせた人の心のなかにさまざまな夢を生みだします。年長のモルペウスはあらゆる人間の姿に変身して夢に現われ,神のお告げを伝えます。薬物モルヒネの名前は,このモルペウスにちなんでつけられました。

 2番目のポベトールは動物の姿をして現れます。かわいい小動物で登場してくれればありがたいのですがその逆で,しかも悪夢の神なのです。ここから「恐怖症(フォビア)」という言葉が生まれました。

 3番目のパンタソスは物体の形で夢に登場します。姿形が奇怪であるばかりでなく.非現実的な夢を生みだします。ここから「幻想的な(ファンタジー)という言葉が生まれました。

 眠りの神ヒュプノスにはタナトスという兄がいてこちらは死の神です。ともに地底の宮殿に住んでいますが,性格は全く違って兄は鉄の心臓と青銅の心をもち「その時」が来ると容赦なく魂を奪い去ります。

 画像はこの兄弟神がトロイ戦争の英雄サルペードーンの亡骸を戦場から祖国リュキアヘ運ぼうとしているところです。死者の肩を支えているのが兄タナトス,足を支えているのが弟のヒュプノスといわれています。

 臨終に眠りの神が寄り添うのは,死に逝く者に永遠の眠りを授けるという大事な役目があったからです。

― posted by 大岩稔幸 at 11:20 pm

不眠症

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 不眠症は、国民の4人に1人が罹患しているとも言われるコモンディジーズである。不眠症は「眠れない時期」によって3種類に分けられる。

 入眠障害は、寝付きが悪い状態である。ただし、時差ぼけや勤務シフトによる一時的な寝付きの悪さは不眠症には入れないし、明らかに悩みがあって布団に入っても寝付けないという場合も、不眠症には分類されない。入眠障害は、子供のころから寝付きが悪かった人で、中高年になってそれが目立ってくるといった「体質性」のものが多い。

 睡眠の中期が障害されるのが「中途覚醒」と「熟眠障害」である。中途覚醒は、一旦寝入っても夜中に目が覚めてトイレに行ったりするが、その後はまた眠ることができるというものである。熟眠障害は、一晩中うつらうつらするだけで眠った気がしないというものである。

 患者は「一晩中遠くで鳴る時計の音を覚えている」とか、入院の患者なら「看護師さんが訪室したのは全部覚えている」と表現する。中途覚醒や熟眠障害は、中高年によく見られる。中高年になると、一般に睡眠の質は悪くなり、睡眠が浅くなることが生理的にも多い。

 最後に、夜明け前のまだ暗いうちに目が覚めてしまい、その後再び眠れなくなる場合を「早朝覚醒」という。このタイプの不眠症は、最も注意しなければならない。と言うのは、この不眠がうつ病の症状である可能性が高いからである。だから、あなたが不眠で悩むようなら、まずはうつ病の可能性について検証する必要がある。なお、早朝覚醒でうつ病が否定された場合、それは単なる「中高年性」の不眠を意味している。

 この不眠症を、すぐに手に入るアルコールで解決しようとするケースは多い。アルコール依存症は、スクリーニングテストの結果では全国に440万人、より正確な「診断基準に基づくアルコール依存症者数」では80万人と推定されている。しかし、厚労省の患者調査では、実際のアルコール依存症患者は1万7100人(02年10月現在)となっている。つまり、治療を受けているのは47分の1人ということになる。

 アルコール依存に関して、かつては「禁断症状」という言葉があったが、実際には禁酒ではなく節酒しただけでも同じ症状が起こるという理由から、今では「離脱症状」と呼ばれるようになっている。典型的な禁断症状としては、最後の飲酒から24〜48時間後に、手が震え、汗をかき、動悸がみられ、小動物性幻視(アリなどの虫や小さな動物が見える)が起こる。けいれんを伴うこともあり、時に死に至ることもある。このような症状が見られるものをアルコールへの「身体的依存」があると呼ぶ。これに対して「精神的依存」は、「ああ、お酒が飲みたいなあ」と思ったり、お酒がないとイライラするような状態のことである。お酒が飲める人のほとんどは,この「精神的依存」があると思われる。

― posted by 大岩稔幸 at 02:59 pm

こころと文化

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よく、21世紀は「こころの時代」と言われる。ふたつのエビデンス(証拠)があってのことだろうと思う。ひとつは迫り来る時代の圧迫の中で多くの人が心痛むことが避けられなくなるであろうということ、もうひとつはその人びとを含め、心の病に対する認知が高まっていくことである。

「迫り来る時代の圧迫」とは極度な迅速化、効率化、能力主義に支配されるようになってきた社会構造の変化であり、外には武力での戦争、内には企業の戦争といった平静ではない社会状況があることである。多くの人びとがこの状況に対応していくだけで多大なエネルギーを使っていて、もう余力がないという状態にも見える。

こういう時代の変遷は私たちの生活様式を変え、考え方、態度、習慣、儀礼にも変化を及ぼしている。いわば私たちは「かつて」の時代から「今」の時代への文化変容を余儀なくされている。この社会現象と文化現象の相関は世界のいたるところで見られている。

かつて電話線を敷くと必ず「盗まれて」しまい、連絡のつきにくかった、アフリカの奥地の人びとが今では携帯電話を持つ(線がないのでかえって普及した)。文明の秘境といわれた場所でも、世界の情報はリアルタイムで届けられるようになって、ワールドカップさえ楽しまれるようになっている。

「こころの時代」は一方では、個人の生活様式というミクロなレベルから、いわゆるグローバライゼーションという流れの中で世界全体の構造が変化するというマクロのレベルまで、文化の変容が余儀なくされている時代とも言える。その変容が先に述べた心へのインパクトやストレスをもたらしていることは想像に難くない。 

その意味では「こころ」と「文化」は分かちがたく連関しているものであり、その物量とスピードにおいて、激しい文化衝突と変容が繰り返される21世紀を「文化の時代」と呼ぶことも妥当件のないことではないように思う。

例えば一人の外国人に対峙したとき、民族は違え、言葉ほ違え、同じ人間なのだから、理解できると考えるか、異なるということが、理解を拒むものを内包していると考えるかは、その人に対するアプローチをかなり異なったものにする。

科学の基礎は概ね前者の考え方をとろうとしている。人間という種は基本的な形態、DNAの構造も同種なのであるから、そこに発現してくる現象を概ね同じという発想である。医学的診断もその基本の上に成り立っている。スーダン人であろうが、アメリカ人であろうが、肺ガンは肺ガンである。地域差は感染症や凰土病のようなものに表れるが、それも科学的「根拠」のある偏差であり、人間であれば誰しも罹患しうるものと考える。この考え方を精神医学にも敷衍すると、人間の認知・感情・行勅という高次な脳活動もそのトラブルとして発現される現象は普遍的であると考えられる。

チベットの奥地であれ、束京の都心であれ、うつはうつである。言葉や態度によって多少修飾されるが、「根拠」に基づく症状があればそれは普遍的な「うつ病jであると考える。この考え方は世界統一規格の診断基準、DSMやICDなどに反映されている。

一方、普遍的な診断基準を用いる理由は、有効な治療という考え方が裏打ちされている。診断の普遍化を目指すことは、それぞれの国や地域によって技術の差はあれ、もっとも有効な治療の可能性を示すこととなる。そこには汎文化的合意があるという前提がある。

しかし、精神医学の特異なところは普遍化された診断と、普遍化された治療というアルゴリズムが必ずしも有効な治療ないしは治療結果につながらないことがあるという点である。

科学的実証主義によれば、スーダン人のガンも、アメリカ人のガンも突き詰めればガンという細胞の問題であり、統一的な最高の治療をすれば治るということになる。そこにかかわる文化社会的背景は統一的な治療への修飾要素となる。

しかし、スーダン人のうつも、アメリカ人のうつも統一的な治療で治せ、文化社会的背景は治療の修飾要素かと言われると大きな疑問符がつくはずである。それぞれの文化に「うつ」を語る言葉があり、「うつ」を癒す方法がある。その認識を無視して、普遍的治療に一足飛びするわけにはいかず、また、そうしたとしても、必ずしも良好な結果が得られるわけではない。

科学的と言おうが言うまいが、精神疾患の発病、経過、回復は多様な心理社会的要素に彩られていて、それぬきで統一化されたプロトコールを歩むわけにはいかない。精神医学が科学実証主義的にはファジーだと批判される理由でもあり、また、魅力ある学問だとも考えられる理由でもある。少なくとも精神医学はその誕生から「異なるということが、理解を阻むものを内包していると考える」姿勢で歩んできたと言える。


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― posted by 大岩稔幸 at 10:56 pm

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