男の乳房

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世の男性という男性は例外なく乳房コンプレックスなる病気の患者かもしれない。乳房コンプレックスは、しかし現代に始まったことではない。人類の発生以来、男性がつねに乳房コンプレックスがあったことは、ギリシア・アルカイク期のさるアポローン像がこれを証明している。そのアポローン像には股間の男性のシンボルと同時に、女神像に勝るとも劣らない堂々たる乳房があるのである。

かつてニューヨーク滞在のおり、後学のためポルノショップなるものを覗いたが、そこで私はアルカイクのアポローンの隔世遺伝とでも呼ぶべきものにお目にかかった。

さすが名にしおう男女同権のお国柄だけあって、店内には、女性の肉体の写しだけでなく、男性の肉体の写しまでが売られている。ところで、その男性の肉体の写しであるが、写真はともかくイラストのそれは、乳房がまるで女性のそれのように、うずたかく隆起しているのである。

ボディビルの本家本元だから、胸筋の発達ととってとれないこともないが、いかんせん大げさすぎる。これは要するに、ミスター・ポルノの乳房をかくも隆々と盛り上がらせているものは、ボディビルの流行であるよりも、男性の内なる切実な乳房羨望である、というべきであろう。

人間生理学的にもこのことは証明ずみで、肉体の歴史のかなたの男性・女性未分化時代には、男性にも女性のそれと同じく豊満な乳房があったとされている。男性が女性から分化して、いわゆる男性化をしだいに進めるにしたがって、乳房は反比例的に小さくなって、いまやかつての偉大なる乳房時代の寂しい記念碑程度にしか残っていない。しかし、小さければ小さいほど、男性の内なる「失われた乳房を求めて」の願望は強いはずである。

女性にとって乳房は育児のための栄養工場および貯蔵庫であるとともに、もうひとつの部分と勢力を二分する重要な性感センターである。

では、男性の乳房は退化しきった無用の長物かといえば、育児に役に立たないことはいうまでもないが、性感については必ずしもそうとはいいきれない。男性のいじらしいほど小さな乳房にも、性感があることは、事実である。いかに小さくとも、創られたものはそれなりに、存在理由があるものだからである。

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― posted by 大岩稔幸 at 11:35 pm

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