ソフトパワー

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 国の「国力」の源泉は2つある。国内総生産(GDP)の大きさや軍事力などのハードパワーと、文化や価値観などのソフトパワーである。

 例えば、環境問題に積極的に取り組み、アニメや音楽など魅力的な文化を発信し、平和利用の科学技術を開発する国は、ソフトパワーが大きい。このような国は、国際的好感度も高い。テロ攻撃や外国の軍事侵略を受けるリスクも少ないと言われている。

 2008年4月、英BBC放送は「世界に良い影響を与えている国」として、日本とドイツを挙げた人が最も多かったとする国際世論調査の結果を発表した。日本のソフトパワーは、世界でもトップレベルである。

 一方、中国はGDPや軍事力などのハードパワーは急増しているが、ソフトパワーの面は遅れている。中国発のファッションや高級ブランドは、まだあまり見かけない。中国の国際的イメージも、チベット問題やスーダン・ダルフール紛争への武器輸出など、ネガティブな要素が多い。

 中国政府も、自国のソフトパワーの弱さを自覚している。例えば国産アニメ育成のため、外国アニメのテレビ放送の時間枠を制限したりしている。だが、役人が指図しても面白いアニメは生まれない。

 また、外国の魅力的な文化や価値観にかぶれないように愛国教育に力を入れているが、「愛国心」は海外には輸出できない。

 日本のアニメの国際競争力が高い一因は、日本政府による規制や「育成」などの管理がなかったことにある。

 ソフトパワーという概念の提唱者であるジョセフ・ナイが述べたように、そもそもソフトパワーは、国で管理できるものでも、管理すべきものでもない。


 中国政府は、この「自由放任」が苦手である。中国にも、才能豊かなアーティストはいる。だが、中国共産党の「指導」や「育成」のせいで、思う存分に作品を発表できないことが多い。

 中国共産党は、第二次世界大戦の前から宣伝工作に力を入れ、かなりの成果を上げてきた。その成功体験もあり、中国政府は1949年の建国後、「文化戦略」に力を注いだ。

 「毛沢東語録」や「革命京劇」ゐレコードを外国語訳つきで世界各国に盛んに輸出し、1966年からの政治運動を「文化大革命」と称し、国を挙げてのプロパガンダを行ってきた。

 21世紀の今日、「毛沢東ブランド」は色あせて久しい。中国共産党が主張する「一党独裁のもとでの特色ある民主主義」という政治的価値観も、海外では人気がない。

 近年、中国が利用しているのは「悠久の伝統」というブランドである。北京五輪の開会式のパフォーマンスでも、「中国の四大発明」や鄭和の大航海など、過去の栄光をアピールする演出が行われた。

 中国政府が世界各地の大学に設立している中国語教育センターの名称は「孔子学院」である。孔子の儒教思想を教えるわけでもないのに、ちゃっかり「孔子ブランド」を利用している。

 したたかだが、裏を返せば、現代中国のソフトパワーが弱く、世界に通用するブランドが育っていないことの現れでもある。

 ソフトパワーが伴わず、ハードパワーだけが突出する国は、多難である。近年のアメリカでは、イスラム圏で反米感情が広がり9・11同時テロを引き起こした反省から、ソフトパワーの効力が見直されている。

 インターネットが普及した今日、国家によるプロパガンダは、かつての神通力を失っている。だが中国政府は、過去の「成功体験」から抜けきれず、国家がソフトパワーを管理・育成できると信じこんでいる。

 中国の国力がバランスの取れたものになるまで、まだ時間がかかりそうである。





加藤 徹(明治大教授)
中国の文化戦略
「管理」でソフト育たず

2008年9月23日
高知新聞朝刊 学芸

― posted by 大岩稔幸 at 10:07 pm

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