英国流ウオーキング

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 英語で、散歩やウオーキングを意味する表現には、stroll、ramble、walk、roam、picnic、hiking、wander、trekking などいろいろある。それぞれ微妙にニュアンスが異なるが英国人の標準的なウオーキングに相当するのは“ramble”だという。これは5〜10kmくらいの距離をぶらぶら歩くというイメージで、このためウオーキングをする英国人は「ランプラー」とも呼ばれる。

 ランプラーたちは、思い思いの格好で、街中でも農場でも海辺でも、歩きたい道を好きなべースで歩いている。英国で、このような歩行文化が普及してきた背景には、18〜19世紀に西欧で起こったロマン主義文化の影響が大きい。

 例えば作曲家のベートーヴェンや思想家のルソー、詩人のワ一ズワースらは散歩を好み、自然からインスピレーションを得て優れた作品を生み出したことはよく知られている。しかし、英国に歩くための道が張りめぐらされている背景には、実は労働者たちが“歩く権利”を勝ち取ってきた歴史の積み重ねもある。

 英国の支配者層の領土は広大だ。柵で囲われた広大な牧羊地も、見渡す限り途切れることがない。そのため身動きがとれない労働者たちは、抗議し、基本的人権として歩く権利の保証を求めるようになった。とりわけ第1次世界大戦時には、フットパスが大幅に延長・拡大した。国の−体感を高めて戦争に臨むためには、国土内を開放することが国策としても都合がよかったからだ。

 英国では現在でも、フットパスの拡大や管理の問題など、“歩く権利”にかかわる討議が国会で行われるという。

 一方、日本には、明治期に島崎藤村や坪内進達らの英文学着たちによって、ロマン主義が紹介される。「自然との一体感」「自然回帰」という概念は、仏教や神道が根付いていた日本では非常に受け入れやすく、歩く文化が普及していった。

 昭和に入り経済成長が始まると、富裕サラリーマン層を中心にハイキングが流行となり、高尾山や上高地、軽井沢などに出かけるようになる。そして最近は、生活習慣病予防などを目的としたエクササイズウオーキング、フィッ
トネスウオーキングが主流だ。

 日本人の凡帳面な気質から、わが国のウオーキングでは往々にして目標を設定し頑張って歩く傾向がみられるが、英国人のように生活の一部として楽しんで歩くことも知ってほしい。

 もし英国に行く機会があれば、せっかくなので、ぜひとも歩いてみたいと思う。とりあえずヒースロー空港を拠点として歩いてみてもいい。例えば、帰国の日に出発まで多少余裕があったら、朝のうちに空港に行って荷物を預けてしまう。そしてタクシーでテムズ川上流のマ一口ウかウインザーまで行って、空港までの道のりを歩いてみる。オクスフォードから空港までの道も美しい。途中で時間切れになったり疲れたりしたら、タクシーやバスを使って戻ればよい。

 目的もなくただぶらぶらと歩く楽しみ。そこで接する生の英国には、自然や人や動物や店や、様々な出会いと発見が待っていることだろう。








市村操一
東京成徳大学臨床心理学科教授、筑波大学名誉教授
1939年水戸市生まれ。東京教育大学(現筑波大学)大学院博士課程中退(心理学)、米国イリノイ大学大学院留学。教育学博士(心理学)。スポーツ心理学や認知行動心理学などの著書・訳書が多数。現在は“江戸”の散歩を楽しんでいるほか、ヘルマンヘッセが歩いた南ドイツやスイス、李白や王維が歩いた西安郊などのウオーキングを計画中

Innover 2008年秋

― posted by 大岩稔幸 at 11:40 pm

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